執筆者:岩田幸記(ケイファンアプレイザル株式会社 代表取締役/不動産鑑定士)
社長が個人で持っている土地を会社に売る。会社の建物を社長に売る。中小企業では、こうした社長と会社の間の不動産の売買が行われることがあります。身内同士の取引なので、値段は当事者が納得すれば自由に決めてよい、と思われがちです。
しかし税務では、社長と同族会社の間の売買も「時価」を基準に見られます。時価と異なる価格で売買すると、社長個人、会社、さらにほかの株主にまで、思わぬ税金がかかることがあります。
この記事では、不動産鑑定士の立場から、税務上の時価とはどういう価格か、売買価格の根拠として鑑定評価がどう役立つかを、国税不服審判所の裁決例とあわせて解説します。価格が時価と異なる場合に起きる税務上の問題は、2章で概要を整理します。具体的な課税関係や税額の計算、申告は、顧問の税理士にご相談ください。
1. 社長と会社の売買で「価格」が問題になる理由
第三者同士の売買では、売り手はできるだけ高く、買い手はできるだけ安く売買したいので、交渉を通じて価格が市場の水準に近づきます。ところが社長と、社長が経営する同族会社との売買では、実質的に同じ人が売り手と買い手の両方の立場に立つことになります。そのため、価格を一方に有利なように決めることができてしまいます。
たとえば、社長の土地を安く会社に売れば社長の譲渡所得は小さくなり、会社の建物を安く社長に売れば、本来は会社にあるべき価値が社長個人に移ります。税法は、こうした取引を時価で見直す仕組みを用意しています。
一方で、社長と会社の取引だから必ず問題になる、というわけではありません。同族間の売買でも、市場の水準に見合った価格で取引されているケースもあります。問われるのは「当事者が身内かどうか」という形式ではなく、「その価格が実質的に時価に見合っているか」です。
2. 時価と異なる価格で売買したときの税務上の論点(概要)
代表的な4つの場面について、税務上の主な論点を整理します。
| 取引 | 社長(個人)側 | 会社側 |
|---|---|---|
| 社長が会社に安く売る | 時価の2分の1未満なら、時価で売ったものとみなされる。2分の1以上でも否認されることがある。ほかの株主がいる場合は贈与税の問題が生じることもある | 時価との差額が利益(益金)とされることがある |
| 社長が会社に高く売る | 時価を超える部分が会社からの給与とされることがあり、所得税がかかるリスクがある | 時価を超える部分は社長への給与とされ、損金にならない |
| 会社が社長に安く売る | 時価との差額が給与として課税される | 時価で売ったものとして利益を計算する。差額は社長への給与とされ、損金にならない |
| 会社が社長に高く売る | 時価を超えて払った分は会社に利益を移したとされる可能性があり、ほかの株主がいる場合は贈与税の問題が生じることもある | 実際に受け取った代金で利益を計算することが基本になる |
国税庁のタックスアンサーでは、同族会社の代表者が時価1億円の土地を会社に4,000万円で売った場合、4,000万円ではなく1億円が譲渡所得の収入金額になる例が示されています。
なお、時価の2分の1という基準は、個人から法人への低額譲渡に関する所得税法上の取扱いです。会社から役員への低額譲渡や、役員から会社への高額譲渡など、ほかの取引について一律に適用される基準ではありません。
3. 税務上の「時価」とは
では、基準になる「時価」とはどのような価格でしょうか。国税不服審判所は、所得税法59条の低額譲渡が争われた裁決で、時価を「それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」、すなわち主観的な要素を排除した客観的な交換価値と述べています(平成16年3月8日裁決)。
同じ裁決では、著しく低い価額に当たるかどうかは、譲渡の事情、対価、通常の取引価額、財産評価基本通達による相続税評価額などを総合的に考えて、客観的に判断するとしています。
ここで気をつけたいのが、路線価(相続税評価額)や固定資産税評価額の扱いです。これらは相続税や固定資産税を計算するために定められた評価であり、法人との売買の時価としてそのまま使えるとは限りません。後で紹介する裁決では、リゾート地にある特殊な建物について、固定資産税評価額を建物価額とする方法では合理的に時価を求められないとされました。
税務上の時価は、どこかに一つの数字が決まっているものではありません。だからこそ、その価格がなぜ時価といえるのかを、根拠とともに説明できることが重要になります。
4. 売買価格の根拠として鑑定評価が役立つ理由
同族間の売買でも、求めるのは「正常価格」
不動産鑑定評価基準では、鑑定評価で求める価格は基本的に「正常価格」とされています。正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいいます。
この正常価格は、税務上の時価を判断するうえで有力な根拠になります。両者はいずれも客観的な交換価値を重視する点で共通しますが、税務上の時価は、適用される税法や取引の実態などを踏まえて判断されるものであり、まったく同じものではありません。また、前に述べたとおり、身内の取引だから時価ではないということではなく、価格が実質的に市場価値に見合っているかで判断されます。
鑑定評価は「なぜその価格か」を説明する
鑑定評価では、複数の手法を案件に応じて適用し、それぞれの結果を吟味して鑑定評価額を決めます。また、不動産鑑定評価基準は、鑑定評価額の決定の理由について、依頼者だけでなく第三者にも十分に説明できるように努めるべきとしています(総論第9章第1節)。
税務調査で売買価格の妥当性を問われたとき、この「第三者に説明できる根拠」が大きな意味を持つことがあります。
裁決に見る、根拠がない価格の行方
事例1:根拠のない価格で土地を会社に売った(平成16年3月8日裁決)
相続人らが、取締役を務める会社に、相続した土地を700万円で売った事案です。価格は顧問税理士の助言で決めたものの、具体的な算出根拠は明確でなく、不動産業者も介在せず、参考にした取引事例もなかったと答えています。
審判所は、税務署側が示した類似の売買実例からの算定額と、税務署が依頼した不動産鑑定士の鑑定評価額が同程度であることなどから、鑑定評価額の2,540万円を時価と認めました。売買価格はその2分の1に満たず、時価で売ったものとみなされました。当事者に利益を得ようとする意図はなかったという主張も、意図や恣意性の有無は問わないとして退けられています。
売買価格の算定根拠が不明確だと、税務調査でほかの取引事例や鑑定評価などをもとに時価が認定され、当事者の決めた価格が採用されないことがある、という例です。
事例2:会社の建物を社長に売った(平成16年3月16日裁決)
同族会社が、リゾート地にある建物を代表者に税込500万円で売った事案です。税務署は取得価額から償却した残高を時価と主張し、会社は不況等を考慮した価格だと主張しました。
審判所は、この建物はリゾート地にあって土地付きでないと市場性がなく、用途にも特殊性があることから、双方の方法に加えて、固定資産税評価額を建物価額とする方法でも合理的に時価を求めることはできないと判断しました。そこで審判所自身が不動産鑑定士に鑑定を依頼し、その鑑定評価額1,226万円を時価と認定しました。売買価格との差額は会社の利益に加えられ、代表者への役員賞与として損金に算入されないとされています。
なお、会社はもともと多額の売却損を計上していたため、計算し直した結果は申告額を下回り、法人税の更正処分は全部取り消されています。それでも、売買価格は時価とは認められず、差額は役員賞与とされました。簡便な評価額では説明がつかない不動産について、個別の事情を織り込んだ鑑定評価が時価の根拠になった例です。
5. 鑑定評価を依頼するときの注意点
価格時点を適切に設定する
鑑定評価額は、価格時点においてのみ妥当する価格です。売買価格の根拠にする場合は、契約日や引渡日などの取引条件を確認し、価格時点を適切に設定することが大切です。税金の計算でどの日が基準になるかは、税理士にも確認してください。以前に取った評価書が使えるかどうかの考え方は、コラム「鑑定評価書に有効期限はある?昔の評価書が使える場面・使えない場面」で詳しく説明しています。
依頼目的を正しく伝え、鑑定評価書として取る
依頼の際は、同族会社と役員の間の売買価格の根拠にするという目的を伝えてください。税務署など第三者に説明する場面では、価格形成要因の分析や算定の過程が具体的に示された鑑定評価書が、有力な説明資料になります。鑑定評価と価格調査の違いは、コラム「鑑定評価書と価格調査(調査報告書)の違いとは?会計上の評価で困らないためにはどうするか」をご覧ください。費用の目安は「不動産鑑定の費用はいくら?金額が決まる仕組みと鑑定評価と価格調査の選び方」で紹介しています。
鑑定士と当事者の利害関係
不動産鑑定評価基準は、不動産鑑定士と依頼者との間に特別な資本的関係、人的関係、取引関係があるかどうかとその内容を、鑑定評価書に記載することを求めています。また、縁故や特別の利害関係があり公平な鑑定評価を害するおそれがある場合は、原則として鑑定評価を引き受けてはならないとしています。売買の当事者と特別な関係のない鑑定士に依頼することが、評価の信頼性を保つうえで大切です。
評価書があればよい、ではない
古い裁決ですが、不動産鑑定士の評価に基づく価格でも、その根拠が抽象的で具体性と合理性を欠くときは採用できないとされた例があります(昭和45年10月17日裁決)。大切なのは評価書の有無ではなく、取引事例や価格形成要因の分析など、価格の根拠が具体的に示されていることです。
税理士との連携
鑑定評価は不動産の時価を示すものです。その時価をもとにどのような税金がかかるか、売買価格をどう設定するかは、税理士と相談しながら不動産鑑定士を交えて進めるのが確実です。
まとめ
- 社長と同族会社の間の不動産売買も、税務上は「時価」を基準に判断される
- 時価と異なる価格だと、社長・会社・ほかの株主に課税の問題が生じうる(詳細は税理士に相談)
- 税務上の時価は客観的な交換価値。路線価や固定資産税評価額がそのまま時価として認められるとは限らない
- 問われるのは当事者の形式ではなく、価格が実質的に時価に見合っているか。それを第三者に説明できる根拠として鑑定評価が役立つ場合がある
- 依頼するときは、価格時点を適切に設定し、目的を伝え、利害関係のない鑑定士に依頼する
社長と会社の間の不動産売買について、売買価格の根拠となる鑑定評価のご依頼やご相談を承っています。
参考資料
- 法人税法22条2項、22条の2第4項、34条1項・4項、所得税法59条1項2号、同施行令169条、相続税法9条
- 国税庁 タックスアンサー No.3217「時価より低い価額で売ったとき」、No.5202「役員等に対する経済的利益」(令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁「所得税基本通達」59-3(同族会社等に対する低額譲渡)、36-15(経済的利益)
- 国税庁「法人税基本通達」9-2-9(債務の免除による利益その他の経済的な利益)
- 国税庁「相続税法基本通達」9-2(株式又は出資の価額が増加した場合)
- 国税不服審判所 公表裁決 平成16年3月8日(裁決事例集No.67 350頁)、平成16年3月16日(同447頁)、昭和45年10月17日(裁決事例集No.1 32頁)
国土交通省「不動産鑑定評価基準」(平成26年5月1日一部改正)総論第1章第4節、第5章第2節・第3節、第8章第2節・第7節・第8節、第9章第1節・第2節


